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買っただけでは効きませんから使ってくださいね

随分前スポーツショップへクリームを
買いに行った時のことです。足をマッサージして
疲れをとるためのクリームです。

決して安くないクリームですから
買うだけで「十分お金使ったし」と、満足感を
味わってしまう人がいるらしく、店員さんが
「買っただけでは効きませんから使ってくださいね」
と笑顔でおっしゃいました。

笑顔でしたが実感がこもっていました。



サリーは元児童英語講師です。
親御さんからよく聞くお言葉のひとつが
「小さい頃から習ってるのになかなか上手にならない」
でした。

同じ教室で同じ先生に習っていて、どうして
子供達それぞれの英語力に差がつくかと言うと
・元々の理解力
・宿題の完成度
・出席率
・英語に対する好き嫌い
などなどいろいろ理由はあると思います。

おススメした本も買わない、おススメしたウェブサイトも見ない
宿題もやらないし、しょっちゅう休むし
面談や参観にも来ないし、その上授業料も滞納するし・・・
などなどにも関わらず
「なかなか上達しない」とか
「将来英語を武器に、と思っていたのに」なんて
お聞きした時には、サリーはいろ〜んなことを思いました。

上達しない、というけど十分に上達している場合
(・・・本人が不憫。週一度でこのレベルは十分!)
確かにさえない英語力だなぁ、という場合
(・・・お休みが多すぎるんじゃないのかなぁ)
そこまで放置しておいていきなりそりゃないよ、という場合
(・・・懇談か参観か、年に一度くらいは来て欲しいなぁ)


英語力は、ささっと買えないからこそ、価値があるんです!
そう簡単には手に入りません。

英語を武器に、と言いますが武器屋さんで武器買うみたいに
買えるわではありません。(例え自体が物騒だけれど)


早く習い始める(週1でも)=英語が自然と上手になる、と
信じられるのはどうしてだろう?



プチーのクラスメイトの多くは中学生のうちに
英検2級をとりました。もちろん帰国子女ではありません。
そしてそれ以外の全員がその時点で準2級に合格していました。

素晴らしい英語力です。
そして軒並みみんな、英語オタクでした。

休み時間も放課後も積極的にプチーに質問したり
Facebookなどの更新を全て英語にしてみたり、と
皆それぞれ英語を楽しみながら、すごい執着心で
頑張っていました。

こういう子たちが将来、英語を使って生き生き
仕事をしていくんだろうなぁ、と思います。


英語は生き物同様、愛情もかけてあげないと
順調には育ちません♪




サリーも今、愛情たっぷりに、毎日英単語を覚えています。
久々に英語学習中。

古い単語集(つまり少々簡単)を1日35ページずつ進めています。
あと一週間で一冊終わりますから、その後いよいよ昨日届いた
新しい方に取り掛かります。

パッと見た感じ、レベルがあまりにも違い、青ざめております。

古い方がこちら


新しい方はこちら


自分のあほさ加減に腹立たしい今日この頃です。

何が悔しいって、毎回同じ風に間違うところです。
「思い出せない」のではなくて、同じように間違うので
自分の頭の固さ、柔軟性の無さに逆上しております。

そしてブログを書いてストレス解消。
さ、また勉強しましょ。


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2014年♪あけましておめでとうございます

2013年も一年間どうもありがとうございました♪

ちまちま更新を続けてまいりましたが
2014年がいよいよ始まり、心機一転
ブログの方針を変更することにしました。

元々我が子自慢として続けてきたこのブログですが
最近特に自慢することもありません。

プチー自身も英語以外のことに気を取られっぱなしで
生活の中の英語の位置づけも随分かわってきました。

2014年からは、無駄に記事を更新するのをやめます。
(2013年は多分無駄な記事が一番多かった一年☆)

英語関連の情報として大切だと思うものがある時のみ
更新しようと思います。その時は、ど素人ながらも
サリーの意見も添えさせていただく(添えないではいられない)と
思いますが、今までほどあれこれうるさく書き立てるのは
辞めようと、ようやく決心がつきました。


このブログは、人間味はあるけれど余計な怨念やオーラが出ない
すっきりさわやかテイストで続けていこうと考えています♪
(あくまでも予定)

一方ホームページはもっと英語学習に役立つサイトに
していけたらいいなぁ、と思います。



本ブログの更新は月に一度以下に抑えていく予定です。
年に2,3度チェックしていただけたら充分でございます♪

どうかまた、次回お盆休みあたりに一度
のぞきにいらしてくださいませ〜。



今までサリーのあぁでもないこぅでもないに
お付き合いくださっていた方がいらっしゃいましたら
本当にどうもありがとうございました♪


2014年が皆さまにとって更なる飛躍、或いは
更なる充実、或いは更なる安定、などなど
とにかく特別な、素敵な一年になりますように。







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願書提出時の必要書類から見えてくるもの

いずれは日本へ帰り日本の学校へ進学するプチーのために
時々日本の学校の受け入れ体制などを調べています。

ごく一部の学校のことしか知らないんだけれど
この調査作業が意外とおもしろいので
あれこれ勝手な憶測を楽しみながら学校案内や
入試要綱をネットサーフィンしています


入学試験の申し込みをする時には、各学校とも
願書に添えて学校の成績表なども提出します。

添える資料は学校によりさまざまです。

例えば小1からの全ての成績表が必要な学校もあれば
過去三年分だけでいい場合もあります。
推薦状が必要だったり、出席日数が確認できるものが
必要な学校もあります。

英検、コンクール優勝、など特技をアピールできる資料を
添えてもいい場合もあれば、添える必要なし、と
明記されている場合もあります。

面接に関しては保護者同伴の場合もあれば
子供だけの場合も、或いは子供だけのグループ面接の場合も
あります。

学校側が子供たちの何を見たいのか
どんな子が欲しいのかにより
子供たちの選び方も変わってくるんだと思います。


もっとも、小1からの全ての成績表が必要だからと言って
その頃の成績をくまなくチェックしているとは限りません。
(よほど極端に成績の悪い子をはじきたいだけ、とか)

英検だって「何かの足しになれば」と藁をもつかむ気持ちで
添えた2級の証明書が逆に英語力の無さをアピールしてしまった
ということだってあり得ます。(学校側との認識のギャップ…)


ですがとにかく、必要書類を見ているとやはり学校のカラーが
にじみ出ています。

ここぞという時は実力を出し切り
結果を出せる子を求めていそうな学校と
きちんとすべきことを着実にこなす学生生活を
ずっと続けてきた子を求めていそうな学校と
カラーが全然違います。


プチーはサリーからみると、どちらかと言うと一発勝負型かなぁ。

プチーはコツコツも、生真面目に、も苦手です。
でも本番に強いので、本番は実力以上の力を発揮します。
小さい頃からそうでした。プチーのバイオリンは
発表会の時がいつも断然ダントツ一番上手でした。
かっこつけるのも大好き♪

直前までは何度もトイレへ行って緊張している様子なのに
ひとたび舞台に立てば堂々たるもの、ふてぶてしいほどでした。

今でもそうです。全校生徒の前でしゃべる、とか言うのが
大好きです。緊張するけれど好きだそうです。
サリーの子とは思えません。全然似てない!



そんなプチーは一発勝負型の入試の方が合うのかなぁ。

つまり
「必要書類?そんなものありません。
願書を提出し、後は試験当日筆箱一つで来てください。」
みたいな潔い学校・・・?

断然そういう学校の方が合いそうだけれど
いくら本番で実力以上の力を出せるプチーだからと言って
勉強もしてないのにいい点とれるわけないしなぁ。


それにプチーは帰国子女枠を使えるのだから、英語を可能な限り
特技とみなしてくれそうな学校の方が楽に入れます。


色々母なりの皮算用中。


あ〜でもない、こ〜でもない、と考えつつ
勝手にプチーのための学校選びをしています。
(プチーは今の学校以外行きたくないと言っていますから・・・)







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中学英語を英語で教える、という思い切った計画

中学での英語の授業が英語で行われるようになる
という朝日新聞の記事を読みました。

中学の英語授業、英語で 18年度から、教員能力も検証

これは何とも思いきった決断です!

まず先生を見つけたり育成したりするのが大変だと思います。
とは言え、先生方は大人ですから、仕事の質を高めるため
プロ意識を持って自分のスキルを磨く努力をするのは
当然のことです。

ですから、百歩譲って、英語で英語を教えられる先生が
たくさん確保できたとします。


でも、子供たち、英語を英語で学ぶなんてそんなこと
できるのかしら。本当にそんなことしないといけないのかしら。

例えば助動詞の説明。
mayは[〜かもしれない]
mustは[〜に違いない]
shouldは[〜なはずだ]
と、日本語で説明されればすぐわかりますが
これを英語で説明するのは遠回りじゃないかしら。

プチーはもちろんこうやって日本語でこの三語の違いを
説明されたことは一度もありません。
ですが、何十回とこの単語を使った表現に出会い
自分の中で単語の持つ微妙なイメージを蓄積分析した結果
今うまく使えるようになっているんだと思います。

時制の区別とか、区と節の違いとか
そういう説明も全部英語かしら?

理解が早い、頭のよい子たちならそれでぐんぐん伸びるのかも
しれませんが、それ以外の学生に関してはとても気の毒に思えます。

日本語で理解した方が断然簡単に思えることも
全て英語でするのかしら。


最も、将来的に[使える英語を]と思うと
その方がいいんだろうけれど、そこへたどり着くまでが
かなりの手間なんじゃないかなぁ〜。


母国語以外の言語で何かを理解するということ自体
難しいことです。一瞬「?」と思ったらそこで
その直後の内容理解が抜けてしまうのもよくあることです。

文法用語まで英語だとしたら、頭が破裂しそうです。



記事内の[高校の英語の授業は現在英語での指導が原則だが]にも
驚きましたが(今、高校の英語の授業が英語だとは知らなかった…)
高校生なら、まだわかります。もう基礎ができているし
文法用語をいくつも学んだ上ですから、なんとかなるかも
しれません。

でも中学生からそうなるとすると、タフだろうと思います。
性格にもよると思うけれど、どんどんわからなくなったり
しそうで恐ろしい・・・。




数ヶ月前に
英語教育、小3へ前倒し 5、6年は正式教科に 文科省が方針
の記事を読んだ時には、いい流れだと思いました。

「英語ではなく国語を強化すべきだ」とか
「英語嫌いを増やすだけだ」とか
反対意見も多いようだったけれど
英語を学ぶとどうして得なのか
英語ができるとどうしてもっとチャンスが増えるのか
英語学習の時間を増やすことでもっと
「英語を身近に感じると身の回りにどういう変化があるのか」
を実感することができるようになると思います。

この「英語ができると得するぞ!」の部分は楽しくわかりやすく
英語そのものの学習よりも丁寧に取り扱っていかないといけない
部分だと思うので、小3くらいから「英語っていいかも♪」という
感覚を育ててあげることができたらいいなぁ、と思うのです。



今外国の都市に暮らしてみて改めて実感しますが
英語ができると、どの国の人とも、どのような場でも集えます。
アフリカの人も、ヨーロッパの人も、アジアの人も
アメリカやオーストラリアなどの英語圏の人も
そして現地の人も(ここは非英語圏)みんな一緒に
活動します。同じコミュニティーに属すことができます。

英語ができる人の数は圧倒的に多いので、活動グループの
数も多く、あらゆるものがあります。無限に近いくらい
可能性が広がります。

ですが英語ができない人は蚊帳の外です。スポーツにも音楽にも
文化交流にも、参加できません。

フランス人同士、日本人同士、スペイン人動詞
という具合に同じ国の人と集えばいいだけですが、少数派になるため
バリエーションは明らかに少なくなります。
自分の国にいるみたいで快適ではあるでしょうけれど
なんだかもったいないなぁ、と思います。
(余計なお世話かな)





文部科学省のグローバル化に対応した英語教育改革実施計画では
「中学英語を英語で教えよう」の他にも
小学校英語とか高校英語に関しても素晴らしい計画が見て取れます。

始まるのはまだまだ先の話ですが
英語教育を活性化することで、世界的な視野で
文化とか教育方針とか、芋づる式にその周辺ものまでもが
どんどん見えてきて、素晴らしいと思います♪

ただ、英語を英語で、は幼児にしか通用しないと
思うんだけれどなぁ〜。

中学生になっても大丈夫なのかな〜。




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華々しい英検合格歴

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ブログ村の親子英語カテゴリのランキングをみると
○歳で英検×級、という紹介文が目を引きます。
プチーが小1で準2級に合格した時は、サリーも
そのように書いていました。

小1で準2級は、すばらしい!と、母として
誇りに思っていたからです。

でもそのあと2級合格までには随分間が空き
合格は4年生になってしまいました。そうなるともう
逆にわざわざ書くのもおこがましい、と感じ始め
紹介文には英検について書かないことにしました。



ブログ村ランキングの紹介文では、ブログの紹介を
凝縮して数十字にまとめなくてはいけませんから
あれもこれも、たくさんは書けません。

そうなるとやはり、「どんなブログだろう?」と
ランキングをチェックしている人の興味をひく紹介文である方が
ブログを見てもらえる確率は高くなります。

誰にでもわかる基準である英検などの
資格試験に関する情報は手っ取り早くて便利です。


ただ「どうせたいしたことない」という
劣等感が邪魔をして、ずっと卑屈にも
英検のことを紹介文には書かずに来ました。

1級に合格した暁には、是非[英検1級]と書こう、と
思っていました。

そして今年春1級にも無事合格しました。
紹介文には[英検1級]の文字を追加しました。

そして今年夏にTOEICの点数も満足いく点数になりました。
紹介文には[TOEIC975点]も追加しました。

英検1級は、大人であっても皆ラクラクとれるレベルでは
ありません。TOEIC975点も同様です。

だからもう、紹介文に書いてもいいはずだ、と
自分なりに納得した上での追加です。



とは言え、13歳での英検1級やTOEIC975点は、決して
年に数人のレベルの珍しさではありません。
増してやプチーは帰国子女ですから
(まだ帰国すらしていないけれど)
英語は出来て当たり前。

更に言うなら、プチーはもう中学生ですから
TOEICやTOEFLが満点でも、そうそう驚かれるような
年齢でもありません。

珍しくもなんともないから、もちろん自慢するような
ことでもありません。

でも、ここまで来てようやく肩の荷が下りた気がします。

自慢するような年齢でもなくなったことでようやく
気が楽になったような気がします。

今まではいかに「低年齢で難しい試験に合格するか」が
自慢どころでしたが(プチーのヒットは、小1で英検準2級!)
今となっては、低年齢を自慢できるほど、プチーも小さくは
ありません。

誰もが知る一番一般的なミーハー資格である英検も
もう終わってしまいました。

さほど華々しくもない、あっけない合格でした。

インターの中学生ですから当然の流れとして
合格しただけでした。

でもだからこその平穏がやってきたような
そんな心境です。


プチーが小さい頃は、見栄張って、肩肘張って
頑張ってきたなぁ。

より早く、より高く、と思って必死だったけれど
今思えば、なんと世界が狭かったんだろう。




大したことない日常ですが
せっかくなんとなく肩の力が抜けてきましたから
これからも堂々と、今後の成長ぶりを記録していきたいなぁ、と
思います。



ちなみにプチーは学者肌ではないようです。小さい頃から
理科系には多少力を入れたつもりでしたが、駄目でした。

あえて言うなら生物より物理好き。
でも一番好きな科目は音楽と体育!
音楽会と運動会では大活躍!
音楽と体育の成績は、ともに、常に、A+!
(なんだか頭悪そう・・・)



単位を落としかけた英語はなんとかぎりぎりセーフ。
前期前半、どの科目もなんとか落とさずに済みました。

今、前期後半をがんばっています。
なんとか、昔みたいにまた、オーナーロールを取ろうね。












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素晴らしい人の感受性と決断力と行動力

軽井沢に来年いよいよ開校予定のISAK(アイザック)の
小林りんさんの最新のインタビュー記事を読みました。

小林りん「世界を変えるアジアのリーダーを」
軽井沢に世界中の子供があつまる高校をつくる
(前編)

小林りん「2週間で子供は変わる」ISAKサマースクール
軽井沢に全寮制の学校をつくる
(後編)

プチーとは、今年のサマースクール検討時に
ISAKのウェブサイトを一緒に見ました。
写真もきれいだし(緑がいっぱい♪)
学校紹介文も魅力的。

少なくともプチーはISAKのサマースクールに大変興味を
持ちました。にもかかわらず2013年夏のサマースクールには
申し込みそびれてしまった・・・
(サリーのチェックが甘かった)

でもその後も時々気にしていました。


気にしてはいるものの、この高校へプチーを是非とも
送り込んでみたいと、まだ明確に感じない理由は
あまりにも世界が違う気がするからです。

なんだかピンとこないというのでしょうか。
ISAKの存在に心が躍るわけでもないし
大いに共感というわけでもないし
サリーのような、社会の役に立ったことのない人間には
全く想像できないような別世界での出来事のような
気がします。


 

記事では、ISAK開校に至るまでの小林りんさんの
気持ちの動きや実際の行動を簡単に紹介してありました。

メキシコ滞在中に貧困層の教育の大切さを感じ
社会人生活を経たのち、実際にユニセフのフィリピン事務所で
ストリートチルドレンの教育に関わったこと。

しかしながら社会構造、社会の悪循環が変わらない限り
ストリートチルドレンそのものの数を減らすことが
できないとわかり、社会を変えることができる
人材の教育が必要であると知ったこと。

そしてリーダー教育のための学校ISAKを設立するに至る
という流れなのですが、その時々の感受性や
決断力や行動力やと、どれをとっても
自分ならそういう方向へは行っていない、と思えるもの
ばかりです。

共通点はいくつかあるにも関わらず、その先の行動が
全然違います。

例えば高校の成績。
小林さんは英語はほぼ満点で数学は赤点だったそうです。
サリーもです。そんな人は他にもたくさんいると思います。
でもそこで小林さんは高校をやめてカナダへ留学しました。
サリーはそのまま上(大学)へあがりました。

例えばメキシコ滞在。
小林さんはメキシコでの友人宅への滞在経験がその後の
人生の方向性に大きく影響しました。
サリーもメキシコで友人宅に滞在し一週間近く
一緒に生活させてもらいましたが
「わ〜ぁ、いろんな国があるんだな〜」と思っただけでした。

サリーの人生にも色々きっかけがあったはずですが
そういう体験は、サリーのその後にそれほど影響を与えず
ただの「いい経験」として、サリーの中にのみ
積み重なって大切に保管されている感じです。

全然生かしていないし、生かそうと思ってみたこともないし
生かせていないことを後悔したこともありませんでした。



素晴らしいことを成し遂げる人って一味違うなぁ、と
つくづく感じたのでした。

人生の中の、ポイントポイントで
何かを感じ取るためのアンテナの張り具合も違うし
レセプターの感度も違う。そんな風に感じました。




ところで小林さんの座右の銘は
哲学者アランの[幸福論]の中の言葉だそうです。

この[幸福論]は、偶然にも最近サリーが
わかりやすくまとめてある記事の連載を読み始めた
あの、幸福論ではありませんか。
なんという偶然でしょう♪

アランさん、有名な人かもしれませんが、サリーは全然
知りませんでした。たまたま検索のついでに見つけた記事が
幸福論を日本語でわかりやすくまとめたもので
最近それを少しずつ読み進めているところでした。

奇遇だわ〜、とちょっと感激。


ちなみに小林さんが座右の銘としている一節は
「悲観は気分に属するけれども、楽観は意志である」
というところだそうです。






気になる存在ISAK。来年の夏は忘れないように、と
早速サマースクールのためのメーリングリストに登録しました。

ここへ登録しておくと、何か動きがあった時に
メールで知らせてくださるそうです。

今度こそ忘れず申し込んでみなくっちゃ♪




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しゃべらないで会話力を磨くことはできるのか

外国に住み始めて早三年半。
現地語を学び始めて、やはり早三年半。
そして町に溢れる現地の人たち。

しゃべる機会があれば出来る限りしゃべるけれど
積極的にがんがんしゃべっているとは決して言えない
状態で、いつの間にか三年半も経っちゃったんだなぁ。


心理状態と、うまく通じるかは、完全に相互関係があると
実感する今日この頃です。

うまく通じないとうまくしゃべれない。
通じるとうまくしゃべれる。

英語の方が随分マシとは言え、この状況は
英語も同じです。

大昔、英会話スクールで講師をしていた頃、同僚の外人講師に
「一杯飲んでいる時の方が英語が上手だ」と言われたものでした。

気が大きくなると、細かい間違いなど気にならないから
臆せず話せ、その方が結局間違いも少なく流暢になります。

でもサリーは気が小さいのですぐ、焦ります。
焦ると、あわわわわ、となってしまって、途端に
めちゃくちゃになっちゃう。

くずれだしたら一気にきます。
羞恥心が前面に出てしまい、しゃべれなくなります。




もっと話しかけなきゃ。道行く人に、お店の人に
とにかく周りの人にもっと話しかけなくちゃ。
恥ずかしがって話をしないから会話力が育たないんだ。

お金を払って、いくら授業を受けても
決して上手になんかならない。
普段これだけ豊富にある、しゃべる機会を
無駄にし続けているのだから・・・。

ずっと、決して社交的ではない自分の性格を
恨んできました。



でも、ふと思いました。

サリーの英会話力はどこで育ったんだろう・・・?

中学から始まった、学校英語だったはずだけど?
(サリーは中学に入るまでアルファベットも知りませんでした)

確かに学校に外国人の先生はいらっしゃいました。
英語に力を入れた学校でしたし、英会話のクラスも
多めだったとは思います。

ただ、学生時代から、授業中に積極的に発言し
クラスの中心になるような存在ではありませんでした。

しゃべらなくていいなら、しゃべらない、という
地味な存在だったはずです。

ですから学校の英会話クラスで目立った活躍をする
ようなことはありえません。さほどしゃべらなかったはず。

でも今は、簡単な会話くらいは比較的流暢にできます。

アメリカへ短気留学したこともありますが
その頃には既に話ができていたのを覚えています。

アメリカ滞在中に多少伸びはあっただろうけれど
もう既に話せていたからこそ、だったような気がします。



であれば、コツコツ机に向かって勉強したり
大好きだった音読を繰り返したおかげで
ある程度の英会話力がついたのではないかしら?

英語という言語そのものに憧れがあったし
英語の[音]そのものが好きだったから
それっぽく音読するのもとても楽しかったのを
覚えています。

宿題でもないのに、教科書の音読を繰り返して
いたんだったなぁ。


実際に話すことはなくても
口を動かすことで、ある程度会話力も
ついてくるのではないか、と
そんな気がしています。

もちろん社交的な人の方がどんどんしゃべって
上手になるだろうけれど。

もちろんおおらかだったり厚かましい方が
間違いを気にせずどんどん話せ、上達するだろうけれど。

でも、恥ずかしがってるモジモジタイプであっても
ある程度上達するまでひたすら音読を続けることで
道がある程度開けるように思えてきました。

光が見えてきた♪
やっぱり音読なのだ!






ちなみにこの夏休み、プチーは毎日
国語の教科書を音読しています。

最初はひどいものでしたが、みるみる上達しました。
この場合は音読そのものが上達しただけだけれど
音読ってなんだか気持ちがいいし、サリーも是非
取り入れてみようと思います。

現地語の教科書、読むぞ〜。








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資格なんて持っていても意味が無い、と言い訳したくなる時

プチーと一緒に受けた現地語検定2級。
まさかの二人揃って不合格となりました。

サリーは仕方がありません。
勉強しようしようと思いつつ、結局最後まで
頑張りきれませんでしたから、自業自得です。

でもプチーに限っては、この不合格は
残念でなりません。
あんなに現地語が上手なのに・・・。


確かに試験対策はしていませんが
実力は、ぎりぎり合格するには充分であったように
思います。(ぎりぎり、というところがポイント♪)

英検のようにリスニングの点数を筆記にまわすことが
できないようになっているので
リスニングで稼ぐプチーには、確かに明らかに不利でした。


慣用句の多い言語なので、慣用句を知らずに
合格するのはかなり難しいとわかってはいましたが
慣用句以外のところで点を稼いでくれたら、と
願っていました。

でもやはり、稼ぎきれなかったようです。


今のプチーに、難しい慣用句は必要ありません。
慣用句の数々は、書き言葉であり、話し言葉では
使いません。

映画をみたり、バラエティーショーをみたり
漫画を読んだり、会話を楽しんだり、というような
プチーのまわりの現地語には、慣用句はそう多くは
出てきません。




不合格を知って、一度は思いました。
プチーにはこんな検定必要ないな、と。

忙しい彼女に、これから現地語の慣用句を更に
覚えさせるなんて、意味がない。
だって日頃使わないんだから。



・・・と思ったけれど、これを日本語に
置き換えて考えてみました。


プチーは、小さい頃ことわざや四字熟語が大好きで
ちびまる子ちゃんシリーズの四字熟語やことわざを
何度も何度も繰り返し読んでいたっけ。

普段の生活には全く使わないけれど
なぜか面白くて、結構よく覚えていたんでした。
低学年から中学年にかけて、よくことわざで
遊んでいたなぁ。

[あ]で始まることわざ
[い]で始まることわざ、と五十音順に
サリーと交互にことわざを言うなんて遊びも
していた記憶があります。

昔のプチーは、なんてアカデミックな子だったのでしょう!
こんな遊びを考え付く女の子だったなんて。
今思い出してみてびっくりしました。
(今ならありえませんから・・・・・)



四字熟語は日常会話や作文に時々使うものの
大して実用的とも思えません。サリーが聞いたことも
ないような四字熟語も、プチーは知っていました。

でも、「こんなもの、知っていても意味が無い」なんて
思ったことは一度もありません。

日本語や英語の語彙は、増えれば増えるほど嬉しくて
知識のゆとりや幅広さこそが、まさに
究極の学習目標だ、なんて思ってきたように思います。


使う、使わない、は関係ありません。


語学でも経済力でも、人によって
適度、適量は違いますから
「もうこれ以上必要ない」とか
「いや、まだまだ必要だ」の基準は
それぞれ違います。

物欲に関しては「足るを知る」のはいいことなのですが
語学力に関しては、こんなところで満足して
落ち着いてしまってはいけない、と気が付きました。




少なくとも
「こんな資格、持っていても何の役にも立たないし」
は、合格してから言わなくっちゃ♪





もっとも、それほど必要ないレベルまで学習するのは
とても難しくて、好きじゃないとなかなかできません。

でも、やってみて損も無いと思います。
少なくとも「意味がないから受けない」は
なんだかちょっと違うような気がします。



プチーは英検2級までは日本でとりましたが
(小4だったと思います)
英語なんて全く必要も無いのに母親に引っ張られて
なんとなく英語を続けてきた、親子英語の賜物であったと
思います。

こちらへ引っ越してきて、インターへ通ったから
小学生のうちに準1級までたどり着きましたが
そうでなければ到底無理だったと思います。


実際、今のプチーが1級に手が届かないのは
その必要が無いからだと思います。

一方TOEFL100点にはすんなり手が届いたのは
その必要があったからだと思います。

プチーは英語を使って、討論もしますし
レポートも書きますから
必要がある英語は身につきます。

ところがまともに新聞も読まないし、もちろん英語で仕事を
しているわけではないので、学校英語に関係の無い英語は
さっぱり、上達しません。


[必要ない]なレベルに達しようと思うと
始めて日々の努力が必要になってくるのでは
ないかしら。



検定受検にも色々あります。

無理に勉強して受けても意味が無い、という人もいれば
がんがん勉強して少なくとも8割は取って合格してこそ
という考え方もあります。(合格点が6割だったとしても)

人それぞれ目的も目標も違います。

プチーの現地語検定は、中学編入の何かの足しにしたいから。
サリーの現地語検定は。これが無いとなかなか勉強しないから。

二人共通に共通している検定受検の一番大きな目的は
合格するとうれしいから。




これからも受けていこう。

今度は合格しなくっちゃ。



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語学学習の動機を見失い、子羊状態に

ある程度まで語学が上達すると、そこから先
続けていく動機がうまく見えてこなかったり
続けていく気力がうまく保てなかったり
動機も気力もあるのにうまく上達しなかったりという
時期に差し掛かるように思います。

プチーが小さかった頃の英語子育てと
自分自身の現在の現地語学習を重ねあわせて
なんとなく共通点があるように感じています。


児童英語で考えれば例えば、幼稚園で英検3級に
そして引き続き低学年で準2級に合格してしまったりすると
その先「2級に合格」というのが、超えられそうで超えられない
一つの大きな山場になってくる場合も多いのではないか
と、感じます。

或いは中学のうちに2級や準1級に受かってしまうと
その先もやはり、「その先までやる必要あるのか?」
と思えるような、なんともいえない停滞感があるように
思います。

もちろん、インターに通っていたり
毎年夏にはアメリカに長期滞在したり、といった
特別な環境にいれば、そんな停滞感は全く無いと思うのですが
ごくごく普通に生活しているのであれば
日本にいる子供達はあまり英語を使わずに
生活します。


語学検定は、3級レベルまではごくごく日常的な
語彙や表現を使ってあり、現地の人で考えると
幼稚園児〜1年生レベルの語学力なのではないかしら、と
思います。

つまり、誰かと知り合ったり、交流したりするだけであれば
3級レベルでも身振り手振りを加えたり助けてもらったりしつつ
充分にコミュニケーションがとれるように思うのです。

そこから先、2級以上となると、同音異義語や決まり文句
慣用句、簡単な専門用語などちょっと特殊な言葉も
徐々に増えてきます。

せっかく身につけても使う機会がなかなか無いので
忘れやすかったり、なんだか無意味に思えたり。


例えば、新しい言葉をせっかく覚えたしても
「今日の映画つまらなかったね」
という友達との会話表現を
「本日の映画、無味乾燥としていたね」
なんて表現にかえてみたりすることはないように思います。

「色々あって面白かったね〜」

「千差万別だったね〜」
とわざわざ言う必要もないのではないかと思ったり・・・。

凝った単語を使おうとすればするほど
細かいニュアンスが結局ずれてしまったり・・・。
なんとなくアホらしいような気がしてみたり・・・。




相変わらずだらだらペースで現地語学習中のサリーは
最近やたらと、「何が必要なのか」「何を習得すればいいのか」
と模索してしまいます。

模索する時間がもったいないので
そんな時間があれば、単語の一つも覚えたらどう?と
自分自身に問いかけながらも、一体自分は何がしたいのか
考えてしまうのです。



ある程度まで伸びてきた語学力を更に伸ばしたい時
自分がどうしたいのか、よくわからず
どうすればよくなるのかもわからず
そして、伸びを全く実感することができない。

こういう感覚は、使う機会が無いのに言葉を勉強する時に
多かれ少なかれ感じる感覚なのではないかなぁ、と
思います。(プチーの英語子育てもそうでした)

サリーは今外国に住んでいるのですから
現地語を使いそうなものですが
あまり込み入った話をする機会は結局ありません。

これは現地語で会話する友達がいないからです。
こちらの人、みなさん英語や日本語が堪能なもんだから
現地語は必要ありません・・・。





サリーはまだまだ現地の人(お店の人とか)のしゃべりを
ひとことも聞き取れないことがあります。

かと思えば時々、たまに、話が通じ
おしゃべりが可能になることがあります。


例えばこの間、ジムのお兄さんと話をしました。
ただのおしゃべりではなく、マシンの使い方が
よくわからなかったから説明してもらっただけです。

でもその時に「現地語上手だね」と褒められました。
ばかばかしい話だけれど
涙が出そうな感動がありました。

眉間にしわを寄せて「はぁ〜?」
と聞き返される事の方が断然多いから
通じた時の感動はいまだに、サリーを励まし
感動させてくれるのです♪


ココでやっぱりサリーの現地語学習の目標は
「日常会話ができること」であると確信しました!

もっとしゃべらなくっちゃ!



・・・ただ、これがまた、サリーにとっては
とても難しいのです。


周りに話し相手はいくらでもいるので(現地人)
「その辺の人に話しかけたらいいだけやん」と
よくアドバイスいただくのですが
これがサリーにとって大きな関門です。

恥ずかしがらずに話しかければいいやん、の部分は
なんとか突破したとしても、通じなかった時の
舌打ち、苦笑い、不機嫌そうな表情、そして
「何言うてんのか全然わからんわ」の捨て台詞に
どうしても打ちひしがれてしまうのです。





サリーはどうしてこんなにデリケートなのかしら。

こんなことでは、上手になれません!
面の皮は充分分厚いはずなのになぁ。








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発音は自分で直すしかない

プチーの英語は、サリーが育てただけのことはあり
発音は前からよくありませんでした。

CDを聞かせたりDVDを見せたりするだけに
とどめておけばきれいな発音になったかもしれませんが
サリーが[英語での語りかけ(話しかけ)]をしたため
サリーの発音がうつってしまいました。
(でもそのおかげか、早いうちから会話もできました)


一般的には、CDなど本物(ネイティブ)の英語を聞かせることで
親から聞く発音の悪い英語は矯正される、と言いますが
プチーの場合はきっと、CDの聞かせ具合が不足していたんだと
思います。




小学生ももう高学年という頃に、ようやく本物の英語に
囲まれて生活することになりましたが、あれから三年経ち
発音が少々マシになって来ました。

プチーの発音は最初から、通じないほど悪いわけでは
ありませんでした。ただ、明らかにアメリカ人ではない
とわかる発音でした。

外国人が話す英語だと丸わかりな英語でした。


今の学校に入ってすぐ、クラスメイトに
「日本語訛りがある」(=英語へたくそ)
と指摘され、猛烈に傷ついたプチーです。

それまでそんなことを言われたことが
なかったからです。

大人は皆、プチーの発音のことを
「日本語訛りがない」とか
「その発音はどこで身につけたのか」なんて
言ってくれていたからです。

プチーの発音は実際、先生に直してもらうほどわるいものでは
ありませんでした。ただ、癖があるのでネイティブではないと
わかる発音でした。


大人はある程度遠慮しますから、わざわざプチーの
日本語訛りを指摘する人はいませんが、子供は時に
とてもストレートですから、日本語訛りについても
ずばり指摘されてしまいました。


プチーはとても悔しがりました。

そしてプチーがしたことは、先生に発音を特訓してもらう
なんていうことではなく、ただひたすら聞こえてくる発音を
正確に真似できるように努力することでした。

英語の発音も前よりは随分改善し
同じような要領で発音を身につけた現地語の発音に関しては
完全にネイティブレベルになりました。




そして今、サリー自身が現地語の発音に大変苦労しています。

授業中に先生に発音を直してもらおうと思い
わざわざ授業内容を変更し(プライベートレッスンです)
[発音矯正の日]を設けて長文を音読しても
ところどころ直してもらえるだけで、概ねOKと
言われてしまうのです。

先生は、外国人の発音に慣れてしまっているため
サリーの発音をラクに聞き取ってしまうし
いちいち直すほどもわるくない、というのです。

でも実際、路上で現地語を話すと通じないことも多いので
その話を先生にしたら
「ここは大都会だから田舎者が多いのよ。
 彼らの言葉こそ訛りが強すぎておかしいわ。」
と、おっしゃいます。


でも、明らかにサリーの現地語はおかしいのです。
典型的な日本語訛りがあり、いわゆるカタカナ現地語です。


そこで、昨日プチーに相談し、発音を少し
直してもらうことにしました。

プチーは最初、サリーの発音を丁寧に直してくれていましたが
すぐに「こんなことは意味がない」と言い出しました。

一語一句、何度も神経質に発音を直してもらう様な事をしても
頭がこんがらがって(混同して)余計におかしくなってしまう。

それよりもCDを聞き、自分の聞こえたように
真似するのが一番いい。

サリーの教材の長文は難しすぎるから、と
自分が学校で使っている教科書を持ってきて
見せてくれました。

これを読んでみて、とプチーに勧められるまま
その長文を読みました。

読んだ後、意味がわかっているかを確認されました。
サリーがなんとか意味もわかっていることを知った上で
プチーがアドバイスをくれました。

「読みながら意味もちゃんととれているし
 読み方も決しておかしくはなかった。

 少し簡単と思えるものをいくつも何度も
 自分なりに読む方がいい」

と教えてくれました。


プチーの教科書には音源はついていませんから
お手本はプチーの発音になります。

サリーが読んでプチーが訂正するのではありません。
プチーが読むのをサリーが聞いて、その真似をします。

その発音について、プチーはとやかく言いません。
言うとサリーの発音が余計に不自然でおかしくなることを
充分にわかっているからです。


聞こえるままに発音する、これが一番だから
他の人に直してもらう必要はない。
これがプチーのやり方でした。

実際サリーはプチーに何度直されても
何度発音し直しても、うまく出来ない単語があります。

自分の耳でうまく聞き取れていないものですから
口の形や舌の位置などを工夫して発音し直しても
やはりうまくはいきません。

そして、何度かに一度、うまくいったとしても
それはまぐれですから、もう再現はできません。


自分の耳を信じて納得して発音しないと
矯正はできないと痛感しました。




そして最後にひとこと。

「ママは外人なんだから、外人らしさが残ってても
別にいいやん?」と言われました。

サリーは言いました。
「ネイティブみたいに話せる方がかっこいいでしょ」
と。

でもプチーは言いました。
「でもネイティブじゃないやん。」




・・・・・確かに。











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